1.
幻想が崩れてきてるじゃないですかここの所コロナ以降より一層様々な事柄において。
神話と言ってもいい。
幸福論と言ってもいいかもしれないし、その反対のそういう単語があればそれでもいいけど「幸せな在り方や指針っていうのはこういうものなんだ」っていうイメージが絶対的なものではなくなってきましたよね。
例えば、結婚しなくてもいいじゃん、子どもいなくてもいいじゃん、夫婦が別姓で何が悪いの?みたいな。
例えば、この人は別にかわいそうな人じゃないんだよとか、賢い生き方ってこういう事を言うんだよとか。なんで性別で役割を分けるの?とか。
これまでの「こういう感じが良いんだ」っていうロールモデル、具体的な在り方像や規範とかが古びて疑問視されてあるいは真っ向から否定され始めてる。
んで多様性というポジティブっぽい言い方でその粉々になった神話像を覆って「ついに自由や平等を勝ち取った」「同調圧力の空気を打倒した」っていうじゃないですか。
私はそれに諸手を挙げてそりゃよかったとは思えないのですよね。
なぜなら人間はそんなに賢くないし、現代社会でそんな多様性を個人が担ってる暇はないから。
だからこそロールモデルを掲げる事で社会を効率的に構築してきた向きもあって。
ロールモデルをコピーする事で、時間とかのリソースをその他の事に回せるのに、いちいちまた個人レベルで何かの事象をどう扱うべきかを理解検証などなどしなきゃいけないとかマジですか、っていう。
選択肢が多いと逆に選びにくい、って話あるじゃないですか。
分かりやすくないと間違う人が増えてまう訳ですし。
好きに生きてええで、って全部アリ状態だと人生どう進めたらええか分からんって人もいると思うんですよね。
各事象がそれぞれどう扱われるのかってのもそれなりの理由が歴史的にあるのにそこ全部撤廃して全体的にどううまくまとめるつもりなん、とか。
2.
ちょっと前は「こういう服着てこういうお店で食べてこれを見て体験して知って持ってるのが良いんだ」っていう正解がくっきり示されてて、人々はそれを盲目的に求めて実際に幸せになったりしてたわけじゃないですか。
そういう幻想を社会全体がまるで普遍的な正解だと思い込んで回っていたじゃないですか。
その正解がある事で、それにそぐわないかどうかって優劣が見える事で相対的に幸せの度数も明確になっていたのですよね。
そのカウンターとしてのカルチャー、例えば反体制とか「敷かれたレールには従わない」みたいな文化なども、そもそもの正解があるからこそ「それに反対する」っていうスタンスが示せたわけで。
社会全体が同じロールモデルを是とするあまり、人によっては幸せになるために仕方がなく不得意な陽キャの真似事をせざるを得ず苦しい思いをするっていう本末転倒な不幸も勿論あったわけですけども、ただ倫理観とか人として最低限こういう風でなきゃってのもロールモデルには含まれていたのも事実で。
ロールモデルはある意味「こうやっときゃいいんだよ」っていうテンプレートなのでそれに合わせておけばいいっていう人間社会をうまく回すための半自動の仕組みだったわけですが、それがないと何が正しくて何が良くないのかあやふやになってまう。
それを一つひとつ思考して議論して定義づけて自分で理解して納得してってやってくのは確かに自由だけど、引き換えに失うものも多いわけです。人によってものの定義が違うとなると誤解も生まれるし相互理解も深まりづらいっていう。
そうすると人間関係が希薄になって孤立していって、具体的な価値としての金銭が最も信頼できるものとして力を増すっていう。モラルもへったくれもない稼げたら勝ち、って空気は次第に「どんな勝ち方をしても勝てば良いんだ」っていう身も蓋もない形になっていく。
それは更なる道徳的観念を無視した既得権益や癒着を生むじゃないですか。
そうなると人の気持ちなんてあるんだか無いんだか分からないものとして平気で踏みにじられて、徹底した拝金・効率主義、あるいは訳の分からない科学的ではない世迷い言に傾倒する人が出てきても不思議じゃない。
3.
そんなこんなでそういう正解像が無くなって、ひたすらリアルにひたすらコスパ重視でひたすら多様性重視、マイノリティを否定しようもんならぶっ飛ばされる、知識の無い人は怪しげな情報を鵜呑みにしてカルト的な活動に手を染めてまうかもっていう世界に突入したわけじゃないですか。
全部が全部悪いんじゃなくて、やっぱり満員の通勤列車なんていらなかったんじゃんリモートで出来るところはリモートでいいんじゃん、っていう良い変革もあり。
コロナ前が懐かしいとか言ってる場合じゃなくて、社会の空気がだいぶそういう風に変わってる事を踏まえるとコロナが無くなっても前の神話があった世界には戻れないってのが実際だと思います。
つまりアフターコロナの今からすると、その前の一切はもはや戻ってこないファンタジー世界みたいなもんなわけです。
そうなるとすべてが無暗に手探りで人が人を信用せずどこもかしこも言い争いと不信感にまみれた社会になるんじゃ..ってブルーな気持ちになりかけますけど、割とすぐに前みたいな規範とかを求める風になると思うんですよね、揺り戻しって感じで。
やっぱり半自動のルール的なのがある程度あった方が話が早くていいんでない?ってなるはず。
どう考えても最低限こういうのはナシにしようや、なんでもかんでもアリにするとやっぱりだるいで、それに加えて前はないがしろにされてた人達がもっと生きやすい感じも組み込もうや、っていうのが無意識下で共有されてやっぱり多少圧力を伴った空気になって明らかにカスいものを排除していく自浄的な流れになると予想するわけです。
つまりバージョンアップしたネクストレベルのファンタジー世界がこれから到来するって事で、それって最高に楽しみ!って感じなんですよね私的に..
バージョンアップしたネクストレベルのファンタジー世界の住人になれると思うと心躍るじゃないですか。
「バージョンアップしたネクストレベルのファンタジー世界」って言い方がめっちゃファンシー過ぎる感じもしますけどまあそれはそれって事で..
ジュースの森とかミルクの国とかすでにあるし..
確かなものなんてほんとはないんだ、って意味においては現実だってファンタジーみたいなもんだと思うと私たちだってファンタジックなあやふやな存在なわけなので、そう考えるとなんだか楽しくなってきますよね。(了)
★illustration by 花山 理香さん
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