今日コノゴロ
オリンピックって国際的な行事だし日本は開催国でコロナ禍で大変だけどうんぬんって、ニュース見るたびに一体どうなってしまうんだろうって思ってたけど聖火ランナーがどうしたって話を見た瞬間「いや、もう知らねーから」ってむき出しの気持ちになるじゃないですか。
いつまでヘマこきまくっとるねん、もう知るか、勝手にやっとけや!っていう。
そもそもスポーツそんな好きじゃないしオリンピックを熱中して楽しんだ経験もない私からすると、よく考えたら自分の国が開催するっつっても実際何も関係ないやって。
バレーボールとかサッカーとかの国際大会とかもやけに盛り上げよう、盛り上がろうみたいなのあるけど子どもの時から一回もちゃんと見た事ないし、
「何か用事でチャリで出かけてる時にたまたま通りかかった大きめの公園でどこぞの学校の子ども達が練習試合してるのを見かける」
ばりにどうでもいい。
そして今私の中でオリンピックもそのどうでもいいカテゴリーに入ったので完全にフルシカトしようと思ったのです。
シカトというか「よくそんなどうでもいい事に興味持てるよね」ってオブラートに包まない認識をするという。
別に冷笑したいわけじゃなく心のまにまに物事を捉えようってんで、何か前は遠慮があったんですよね、さすがにそういう世界規模の一般的な自分の国を代表する系のやつに対してもそんな心を閉ざすとか社会に属する一個人としてどうなん?みたいなのがあって。
だが開催委員会的なのや、それを調整する企業とかが丸儲けしてるってのがまず気に食わねえ。
頑張ってる選手はさておき。
感動ポルノっつーか、一生懸命頑張ってるのを見て感動しない自分ってなんかよくないのかな、みたいに思わせてくる空気作ってくるのがうっとおしい。
それと無意識下に薄っすらある愛国心みたいのが利用されてるみたいでイラつく。
大体ルールもよく知らないゲームで勝った負けたワーって盛り上がれるやつって単純すぎね?
せめて普段からそれを観てるとか自分がやってた経験があるとかならまだしも。
知らねー他人が知らねーゲームで勝ったことより、今日私がすっきり目覚めて「今日良い天気やん!」って思う方が全然意味がある。
そう観念した時、天使が羽を休めるがごとく、肩の荷が下りたというか知らず知らずの内に肩に荷があったのを初めて知ったというわけです。まいどツイッターで流れてくるニュースなんか、いちいち構ってられませんわ。
そういうドライな気持ちでロロ通23、行ってみたいと思います。
・緊急寄稿!! 「いいね!じゃ私はこれで..」ってノリのススメ
・みんなでめちゃめちゃ相談に乗ってみる・・・2つの相談に4人で乗る
・連続短編小説「昭一郎の不条理な日々」・・・第三話「釣り堀にゆく」
・おすすめYouTube・・・VHS POPってカテゴリーの謎music video
・アンケートコ~ナ~・・・釣り堀行ったことある?(回答数49)
・編集後記
*SPECIAL THANKS to 花山 理香さん・・・ロロ通ロゴや挿絵を描いていただきありがとうございます!*
緊急寄稿!! 「いいね!じゃ私はこれで..」ってノリのススメ
「いいねって素直に思えない」
せっかく良い天気の休日なのに何も予定がなくて、あるいは何か対応しなきゃいけない事があるので外に楽しくお出かけできない、みたいな時って
「はあ、せっかく良い天気の休日なのにな」
ってなるじゃないですか。何か自分だけ損してるみたいな。
SNSを見てても、何かみんなと和気あいあいと楽しくレジャー的なイベント的な生産的な創造的にやってる人見てると
「いいな楽しそう。それに比べてあちきは..」
ってなるじゃないですか。何か自分は何も楽しくなくてつまんない非生産的人生だ..みたいな。同族嫌悪的なのもあるかもしれない。
そういう妬みやそねみってのはきっと脈々と歴史上ずっとあってそれで出る杭は打たれるとか村八分とか同調圧力とかあるんだと思う訳です(社会科学やら心理学やらまったく明るくないので何となくそう思うだけなのはあしからずですが)。
そういう気持ちって色々混じってると思うのですよね。
いいなあ、でも自分には無理だな
無理じゃないかもしれないけどそういう状態に達するにはお金/才能/努力/元のスペック/人間関係諸々が無いから難しいな
そもそもこの人だって家柄が良いから、ラッキーで良い知り合いがいたから、努力しやすい環境だったから
みたいな羨ましい気持ちと何で自分が無理なのかって気持ち。
そこから更に
私だってもしXXだったら全然同じくらいになれたかもしれないのに
たまたまXXだから上手く行ったくせに
私の場合XXっていう足を引っ張る不運があったんだし
運が良かっただけのくせに自慢げに振りまいて
みたいに運不運やら劣等感からくるネガティブな気持ちまでいく時もある。勝手に嫌って恨むっていう。
そこまでいくと逆恨みで、本人にそういうコンプレックスがあるから眩しく見えるのであって、って言いがちなんですが、そのコンプレックスだって本人からしたら本当に生まれ落ちた環境とかっていう本人じゃどうしようもない要素の積み重ねだったりするので
「自分が劣ってるからって妬むのは筋違いだ」
とばっさりいくのもそれはそれで冷たすぎるわけじゃないですか。
それにコンプレックスを何とか解消するんだ!って頑張るのも、いやそんな事に執念燃やすのはどうなん?とも思える。そこ拘るのってなんか違くね?って。
整形めちゃくちゃしまくるのとかもそういう風に見える。
「いいね」の意味
そこで思ったのが「いいね!じゃ私はこれで..」ってノリがいいんじゃない?って事です。
誰かが楽しそうにしてる。おおーそうなんだ、いいね!ってとりあえず「いいね」って思ったらそれはそれで「いいね」とする。
で、その楽しそうにしてるものを冷静に見てみて、いやまあ大勢でわいわい寄り集まって同じテーマを共有して仲間って感じでやってるけどそもそもそのテーマ自体そんな好きでもないけどな、って場合は
「そのテーマ別に好きでもない」
ってのが一つのとっかかりになって「いいね。以上。」ってとりあえず区切っちゃう。
わいわい集まっててそれに比べて自分は友達も少ないし..って事についても冷静に、まあでもあんなにたくさん仲良い人、知り合ったばかりの人、友達の友達とか集まってたら自分だったら気後れしちゃうからな、ってことなら
「気後れするわ」
ってのでやはり「いいね。以上。無理そういうの。」で区切る。
そういうのいいね!でも私は私の好きなものがあるのでもう行くね。楽しんで!的な。
普段自分がしけた砂を噛むような生活をしている時に良い感じに楽しそうな人を見ると、すごい漠然と無意識に
「うわーいいな、楽しそう!自分ダメダメでさみしい、かわいそう!楽しんでるやつらしね!」
みたいについ思いがちじゃないですかすごい雑に短絡的に。
何なら
「こんなやつらが楽しんでるは気に食わん!もっと規制するよう働きかけて、何かしら嫌がらせ的なのを取って付けた重箱の隅をつつく理由で圧力かけてつぶしたる、クソリプ投げてやる!」
みたいなとこまでいっちゃう人もいると思うんですよ。
しかも意識的にそうやってんじゃなくて何かもう自分がダメなのは運が悪くて社会のせい、楽しそうなやつらはラッキーである程度ズルしてこんな自分達を足で踏みつけて気に食わねえ、みたいのが無意識レベルで染み込んでてそういう思考体系になってる人もSNSに散見される気がする。
それを一旦冷静に、自分にとって本当に何が必要なのかを軸に、要素をバラバラにして見ていくとある程度そこまで思うほどでもないか♪ってなるっていう。
現代の生き方とは
大体、人生ってそもそもそんな楽しく生きるだけのものじゃない。
誰かの役に立つだけでも、たとえ地味な人生だったとしても、かなり意味がある。
いつか役に立ちたいな、と思うだけでも人の邪魔ばっかする人と比べようもないほど価値がある。
何かの事情で色々難しくとも、だからといって生きてる価値がないなんて言い切る道理は存在しない。
「誰かの役に立って、なおかつみんなに囲まれて楽しくわいわい生きる人生」なんてそもそも存在しない、 そういう風に部分的に一時的に見えるだけなんだ、 ってのが現実なわけじゃないですか冷静に考えてみると。
もしそういう風に見える人がいても、ほんとガチ宝くじ当たるレベルの色んな幸運が重なってないとガチであり得ないってなもんじゃないですか時代の流れとかそういう大きすぎるうねりとかもあるんだし。
となると「人生楽しまなきゃ、人からいいねって言ってもらわなきゃ」とか「全然楽しめてない自分はダメなんだ..」とか思う必要がないのが分かる。
そこまで興味のないテーマだけどみんなが群れてるから、そこに群れる為にそのテーマを無理やり好きになろうとするのって不毛なわけじゃないですか。
もちろんその交流で友達とか恋人とかできるかもしれない。何か人間関係構築して得するかもしれない。そういう一般的に「こうした方がいいじゃん」ってのは確かにある。
あるけど「でも私はこういう風にしたいかな」ってのがあったら、もう全然そっち優先でいい。
なんでそこまで言い切れるかっていうと今ってちょっと前に比べて大分柔軟な世界になってると思うのです。 ひと昔前に比べて選択肢がシンプルに何十倍も多い。
みんながみんなこれが良いこれがダメ、ってのだいぶなくなったじゃないですか。同じテレビ番組を皆が見てるとか、何か特定のファッションが流行るとか、結婚適齢期がどうのとか同性婚がどうのとか。
今ってかなり分散化されて、だいぶ各ファンコミュニティののサイズが小さくなってる。
「それもいいけど、あれもいい」的なのが趣味レベルじゃなくてライフスタイルにも及んでる。
だからもう好きにしてるのが一番正しい今。
人からみたら「何それ?なんでそんなもんが欲しいの?」みたいなのに熱中してもいいし、その逆でもいい。
私の場合、綺麗な鉱石ほしいなとは思うんだけど家のどこに置くっつーの?引き出しに入れるのは微妙だし、クリアケースに入れてもどうせ埃がたまるしって思ったのがきっかけかもしれない。
良さげに見えてもよく考えたら私には不要かなっていう。
或いは、となりのトトロで妹が失踪してパニくるサツキの脳裏にひょっとしてトトロなら、ってほとんど信じていなかったものの子どもの直感で暗闇の森に一人向かうシーンがあるけどそういう感じってよりリアルに思う事が多くなった。
常識外れの自分の直感ってのが当たるってのは普通にあるよねっていう。むしろ常識に拘ってるとうまくいかない場合すらあるやんって。
或いは、目医者って目に異常に拘っててフェティッシュすぎじゃね?思うってのも。
自分から見たら理解できなくても他人には興味深く価値のあるものってのはあって、事実それが世の中の役に立ってるってのはそこらじゅうにある。
こんな風に世界を見てみようとすると、退屈な色々がどれもこれも興味深く見えてくるし、同時にそれを好きな人がいるのって素敵な事だねって思えるし、さらに「でも私にはそもまでじゃないかな!」ってサラッと区切れる。そこに妬み的なネガティブな感じはなく、賞賛だけがある..っていう。
んで
自分の本当に好きなものに埋没していくとまあ往々にしてかなり孤独な世界になるわけですが、それは心配しなくてもいい。
なぜなら
「(とりあえず)いいね!(私は興味ないけど..)」って目で周りを見てると、
「(あれ?思ったより)いいね!(ちょっとあとで調べてみるか)」から
「(そうそうこれ、ちょっと前に興味あったやつだ)いいね!(やっぱ良さげやん、つか良いわこれ。ほんといいね!)」
ってなったりするから..
みんなでめちゃめちゃ相談に乗ってみる
相談は何も一対一じゃなくてもよいのでは?ってなこの企画、今回は2つに4人ってな感じでつ。
お寄せいただいた/乗っていただいた皆々様、どもでつ!
1.
友達って一体なんなんでしょうか。いた方がいいのかな。元々一人が好きなので自分から連絡とるのめんどくさい。でもほんとにこれでいいのかな。(匿名さまより)
大人になると友達がいなくて困る場面なんてごくわずかですし、自分が幸せならそれで良いと思います。一人で楽しめる人は精神年齢が高いとカウンセリングの人に言われたことがあります。質問者様は、自分で自分の期限をとれるきちんとした大人なのではないでしょうか。働いていれば何かしら人と関わることはあるでしょうし、友達がいないからといって心配することはないと思います。
なんかそうですよね…近い悩みを持っている気がします。私は学生なのですが学校に友達と言えるような人がほとんどおらず、たまに同級生とご飯に行くことはありますが本当にそれだけだし、暇な日は大体ひとりで買い物や遊びに行っているのですぐ会える友達は別にいなくていいかも…って感じです。とはいえ寂しくなる時もあるので、人と話したいときに電話できる相手(もう既にめちゃ仲良しな友人や家族)がいればいいかな〜と思っています。連絡を取るのがめんどくさいならそれはそれでいいんじゃないでしょうか、無理してまで友達を作る必要はないと思います…。(この人のことか気になる!とか感じていないのなら)
ほんとにこれでいいのかなという点については私も悩み中です。まとまりがなくてごめんなさい。
民間療法さん:
友達という存在について私も考えてしまうことが多々ありますが、まだ答えに辿り着けたことがありません。私も基本的に1人で過ごすことが好きなのですが、それでもたまに他愛無い会話をしたくなることや誰かとご飯を食べたくなる時があります。そういった時に一緒に付き合ってくれる人はとても大事にしたい友達だと思っています。私もまず、連絡を取ることがとても面倒に感じてしまう人なので、せっかく人から遊び等に誘われても、(めちゃ最悪ですが)会いたい人でなければ数ヶ月も連絡を無視したり、忙しいと嘘をついてしまいます。なのでお話ししたい時に通話ができる友達はとても自分にとってありがたい存在です。
少なくとも今はそういう存在必要ないかな~という感じであれば、本当に、いなくてもいいと思います。無理をしながら良い友達を作ることはできないような気がするので… 今まで仲のいい友達だと思っていた人がいたとしても、人は変わってしまうので「なんか苦手になってきた…」とか「なんかこの人と実は合わないのかな…」と感じることもあります。
こんな感じで振り返ってみると、その時その時で「すてきな友達だ!」と思える人って違うと思います。お互いのことをなんでも知っている長年の友達というものにも憧れますが、今の自分にとって居心地の良い人をその時その時で選んで良いと思います。(本人にあなたが1番だよとか言う必要はないです、心の中で"今は"この人だな…という感じで)本当に人は変わる生き物なので、自分も相手も。
ただ、居心地の良い友達だと感じられる人を本気で見つけたいのだとすれば、そのためにも色んな人と関わっていくことは大切になるのかもしれませんね。
ロロイ:
ひとりか二人くらいいたらいいと思う。
あと友達って別に人間以外でもアリだと思ってます。
例えば私は割と大きくなるまで喘息持ちだったので調子が悪くなった時に吸い込む手のひらサイズの吸入器ってのをどこに行くでも持ってました。
親友より親よりずっと私と一緒にいたその吸入器、今は使わないんだけどでも大切に取ってある。単なるモノだけど感謝してるしその事を考えると安心する。
小さい頃から毎年行っていた海辺の町もそう。色んな経験や想いを抱いたあの風景はとっても大事。
あなたもそういうのあると思う。だからそれの事も友達とみなしてもいいと思う。
次に、人間の友達も同じですよね。一緒に笑って悩んで話してって。
違いがあるとしたら人はそれぞれ心を持っているから、多分そこで「めんどくさい」って思ってるんだと思う。その気持ちの裏には「嫌われたらいやだな」とか「なんで分かってくれないんだろう」とかがあると思う。
でもモノだって時間が過ぎれば古びていくし今の自分にそぐわない感じになったりするのだから、やはり自分の思い通りにはならない。
モノは捨てるけど人間関係はどうする?はっきり言うけど、捨てるに近い感じになるのが当然じゃないですか。変わるのが普通なんだし。
つー訳で、本当に一人が好きならそれでいいし、「でもそれでいいのかな」って思うって事は友達ほしいかもって事なのでちょっと心をオープンにしていい。でも人はなあ..って思うならまずモノやコトを友達と捉えればいい。そのうち、そのあなたの友達であるモノを同じように好きな人が見つかったら友達になれる可能性ある。
個人的に友達っていいなって思う事の一つは、自分の思いもよらない事を友達は投げかけてくれる。自分一人だとやっぱり限界がある。友達は全然違う方面から「こんなんあるでw」って投げかけてくれる。あるいは「こういう考え方あるよ」とか。 そうやってへーそんなんあるんだ面白ーって知って好きになって今では私の中の大事な部分になった物事、たくさんある。
(^▽^)
2.
前に付き合っていた人のことが忘れられません、いい意味ではなく悪い意味でです。
大学生の時に1年ほど付き合っていた人なのですが、今思えばその人のことがそんなに好きではありませんでした。共通の友達も多い人だったので、その人と付き合ったせいでなのか私が単純に嫌われていたのか自意識過剰なのか今となってはわからないのですが、共通の友達との仲もなんだか拗れたような気がしてしまい、私の大学生活を奪われた気分になります。
今思うと私も思い切り悪手だな〜と思うようなことを相手にしていたり、何よりさっさと別れればよかったと、冷静に振り返ると過去の自分を責めてしまって、より悲しくなりますし、悲しくなればなるほど、相手への憎しみも募る気がします。
こちらから行動を起こしてまで復讐してやりたいとは思いませんし、今後の人生には絶対関わりたくない、と思うのですが、元彼みたいな顔の人や行動や言動をとる人を見るとゲボッて思うし、元彼は私の知らないところで出来るだけ私がキモいと思うコミュニティに属し、私がキモいと思う人と関わり、私がキモいと思うものを好み、私がキモいと思うものを愛し、社会への影響力を持たず、できれば苦しんで死んで欲しい、もし偶然出会ったとしたら傷つける一言を言いたいな、と時折思い返しては心がざわついて仕方がありません。くだらないと頭では分かっているのですが...。うまくいかなかった過去への執着なのかもしれません。
皆さんはこういった経験はありますか?この気持ち、どう対処すべきと思いますか?
嫌いな人に似てる人がいると何となくあ~って思うの、共感します。最悪だなという思い出は生きている以上捨てられないものではありますが、質問者様は今生きている時間軸を全うしていないために昔のことを思い出すのではないでしょうか。元カレのことがトラウマになっているのかもしれませんが、自分は忙しい日々を過ごすことでこういう面倒くさいことや自分が傷つくだけの思考を放棄しています。そのことに対して抱く感情をだんだん薄めていくという感覚ですね…。それでもうずうずくるなら思いだす度に自分が落ち着くフレーズを言うとかですかね。目を背けるのは逃げではないし、しゃぁねぇなてめぇのことなんか忘れてやるよみたいな気持ちで挑んでみるのはどうでしょうか。
私は人に対して色々と思うことはあっても時間が経つと、まあいっか〜❣️となってしまいがちなせいでそういう経験はあまりなく、正直なところまともなことを言える自信がありません。すみません。でもとりあえず、その人は絶対にめちゃめちゃ不幸になるので質問者さんがこれ以上考える必要はありませんよ!とおまじないだけかけておきたいです。
民間療法さん:
〈こういった経験ありますか?〉に対して私自身は「あいつなんて最悪な人生になっちまえばいいんだ」「この人あいつに似てる…うう…」等の感情を抱くことはありますが、それはかなり一時的なものです。都合のいい身体の持ち主なので嫌な感情や記憶は割とすぐに忘れてしまいます。
きっと相談者様は私が想像している以上にその彼に対してもうめちゃめちゃに最悪な感情を抱いているのだと思います。その上とても鮮明に嫌な感情が残っているようですね…申し訳ないことに解決する方法は今のところ全く思いつきません。新しい恋愛をしても嫌なことは普通にずっと忘れられずに残ってしまいそうですしね…「忘れる」ことが1番だとは思うんですけどね。
解決するまでは至らないかもしれないですが、こんな感じで相談事として誰かにその最悪な彼の話を打ち明けてみたり、家族でも友人でも知らん人でも誰でも良いので気が済むまであいつ最悪だった~!!!この野郎!!っていうのを声や文字にして出していくことは結構大切なんだろうな思いました。言ってるうちに意外とどうでもよくなってきて、忘れる時が来るのではないでしょうか。忘れてしまえばもう勝ちです。
お力になれないような回答ですみません!
ロロイ:
私もあります。あいつマジでなんだったん!?って当時の怒りが全然消えないままで。
なんちゃら心理学とかだと、自分の思い通りにいかない事(他人の気持ちだったり過去だったり)は切り離して捉える、「しょうがないこと」は考えないって言うけどそれができりゃ苦労しねーんだよカスがってなもんで。
簡単にできない事を悟ったツラして他人事だと思って簡単に言ってんじゃねー、じゃあ何か?それができない私はレベルが低いとでも言いたいのか?お前の方が上ってか?ぶっ殺すぞクソ野郎!ってなもんじゃないですか。
まあ「そうした方がええで。だってどうしようもないんだもん。辛いだけやで」って言いたいのかもしれないけどさ。
でもついつい考えてまう、それが人のサガってなもんじゃないですか。
無理くりですが、まずは教訓とする。ああいう手合いはああいう感じなんだって学習して今後に活かす。
次に、自分の至らなさを反省する。つい手を出してしまった油断が招いた結果を糧に、良薬は口に苦しって事でやはり今後に活かす。
後は、せめて自分は似たような不愉快な気持ちを他人に与えない様に気を付ける糧とする。
そんくれえかな!
あとはとにかくあのカスマジでぶっ飛ばしてえって気持ちのままでいるしかないですよ。
あのカスも若気の至りなのか生まれ落ちた環境のせいなのか..って優しく思う必要ないですよ、だって結果的に現実的につまんねー思いさせられたのこっちなんですから。向こうも後でうわ自分痛すぎだわって後悔してるかもしれんけどそんなんぶつけられたのはこっちなんだから。
そのイラつく思いはエナジーにもなる。
筋トレ的なエクササイズ的なやつやってて、はあ疲れたって時のそのカスエピソードを思い出すと「あのガキがあああ!!」ってラストパワーでる。
(^▽^)
以上でつ!
このコーナー、随時相談事を募集しておりますのでよかったら私の質問箱まで「ロロ通あて」と明記の上お寄せいただければ幸いで御座います。
連続短編小説「昭一郎の不条理な日々」
第三話「釣り堀にゆく」
「しゃせーい..」
昭一郎はうわの空でコンビニバイトをしていた。なぜって、先日センパイとこみやんと釣り堀に行った時の事が強く頭にこびりついていたから..
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その日三人は色々都合をつけて平日の昼下がりからぶらぶら遊ぶことにした。センパイの提案でちょっと飲み食いしてから行こうという事で上野の立ち飲み屋でまずは集合となった。
「じゃあ乾杯~」
三人は焼き鳥をうしうししながらビールをあおったりした。
こみやんこと小宮路は昭一郎の中学の時の同級生で、高校で一回別の学校になったけど大学の時にたまたま街で遭遇してから付き合いが再開、ちょうどセンパイもその場にいた事からちょいちょい三人で遊ぶようになった間柄だった。
焼き鳥をうしうししながらセンパイが言う。
「こみやん、ちょっと前に好きな人出来たとか言ってたけどどうなった?」
こみやんはいやその話しようと思ってたんですよ今日という顔で
「いやその話しようと思ってたんですよ今日。それがね、ちょっと大変なことになって」
昭一郎は同じ非モテのこみやんの恋路がめっぽう気になっていた。もしこみやんに先に彼女ができたら..昭一郎はそんなことを想像して焦りに似た感情を抱いていた。それにしてもこの玉露ハイっていうのうめえな..!とも思っていた。
「こみやん、先に教えてくれ。ダメになったのか?そうだよね?」
「いやまあダメになったっていうのかな。9割ね。バイト先にAさんっていてさ、それが好きになった人。めっちゃかわいいってわけじゃないんだけど性格すげーいいし、何より好意的に接してくれてたからそれだけでもう好きになってもうて。Aさんもまんざらでもないっていうか、結構おれの事好きだよ的なニュアンス含む感じで接してくれてたわけよ」
「おい全然ダメじゃねーじゃねーか!?お前ひとりだけ幸せになろうと..!?」
「いや、そんでさ何か彼女が地元で演劇だかやっててそれの練習があるとかで、おれその町行った事なかったから行ってみたいなとか言ったら来る?って言われて行ったのよ。実際演劇とかそんな町どうでもいいんだけど何かデートじゃないけど休日に会う口実としてさ」
「デートだと何か交際前提みたいな感じだけどそれなら何か気が楽だよなお互い」
「そう、他の演劇のメンバーとかもいるわけだし、あくまで町見に行きましたってていだから。んで、なんか公民館のとこで仲間らがうだうだやってるみたいなのを何となくすみっこの方で見てたんスよ。ほいで、これが誰誰くん、こっちが何々ちゃんとか紹介されたりして」
「めちゃくちゃどうでもいい今後二度と合わないであろう人達との交流って心が無になるよな」
「なる。なるんだけど一人めっちゃかわいい子がいたのよ。Bちゃんと呼ぶけど。演劇自体はやらんけど手伝いできてます的な子で。で、みんなが練習してる時におれBちゃんめっさかわいいなと思ってて、向こうもすごい気さくだから一緒に座って話して仲良くしてたのよ」
「まさかお前その子と」
「いや、そんで『小宮路くん、Aちゃん好きなん?』って言われて咄嗟に『えなんで?』って一旦かわしたのよ。もしかしたらBちゃんめっちゃ仲良くしてくれるしBちゃんいけそうだったらいこうと思い始めてたから。そしたら『今Aちゃんの頭ぽんぽんしとる人ってAちゃんの元彼だよ』とか言って。『んであの今髪触ってる人はAちゃんと一瞬付き合った人』とか言うのよ」
「身近でそういうまぐわってる系か~」
「そう。何かそういうあいつがあれとどうのこうのってのを聞かされて、その時点で何かやだな帰りたいなと思って。で結局Bちゃんが買い出しに行こうとか言って連れ出されてコンビニ行くついでに何かの二階のダイソーだかでこれ可愛くない?とか買い物に付き合ってうだうだやってたらAちゃんから『Bといるんでしょ?今日もうこれで練習終わりだよー』ってLINEしてそれに返事しても既読がつかなくて」
「酒がまずくなる話やの~」
「Bちゃんもかわいいんだけど何かだるい子で。で一応帰りに今度デートしようって言ったらいいよって言うから連絡先交換したんだけど、その夜にめちゃくちゃ泣きながら電話してきて」
「いやすぎる展開だな」
センパイが焼きそばをツマミにぐいぐい飲んでる時にあれこれコメントしていたが昭一郎は
「でもかわいいならいいじゃん。彼女になってくれるならいいじゃん」
って思っていた。
「で、バイトに行ったらAさんはすごい冷たい感じになってて、どうもおれがBちゃんに好意を寄せたのが気に入らなかったのか分からんけどそんな感じなんですわ..」
こみやんはそう言ってがっくり肩を落とす。
「結局Bちゃんとはどうなったのよ。付き合ってんの?」
「BちゃんはAさんの元彼から何か遠回しにAさんが怒ってる的なのを聞いてショックを受けたらしい。なんで元彼が言ってくるのかよー分からんけどBちゃんの言ってる情報を断片的につなぎ合わせるとどうもその元彼ってのも元々はBちゃんと同じ中学で昔Bちゃんに告ったとかなんとか。そんな話ばっかりずっと電話で話してくるんですよ」
「あーもういいわそういう詳細な話。くだらなすぎる話として」
パイセンはもう本当に無理そういうの、って顔をする。
そういう二人の会話を昭一郎は、何となく一段低い所で聞いているような、二人が見上げた雲の上で談笑しているような気持ちで聞いていた。恋愛経験がそれなりにあるものと、まったくない自分。そういう隔たりを感じていながらも二人に合わせて笑い顔をしているのが段々とつらくなっていたのだった。
なので、はっきりそれを口に出してみたのだった。
「あの..あの。そのAさんはさておきBちゃんはかわいいんでしょ?それならそれはそれでデートしていけたら付き合えばいいじゃんって思うんだけど..おれだったらそうするんだけど」
田尻が店員からウーロンハイを受け取りながらいう。
「だけどお前Bちゃんは多分色んな男を惑わす系の子だから、付き合おうねってなってもきっと常に色んな男にふらふら色香を振りまいたり、下手したら彼女持ちの男にすらそうするような子だぞ」
「分かります。でも少なくともデートしてくれるじゃないですか」
こみやんが口をはさむ。
「めんどくさいトラブルメーカーって事なんだけど、お前それでもデートしたいんかいな」
「めちゃしたいよ。こないでもセンパイにレンタル彼女の話をされて、それ以来彼女めちゃくちゃほしいんよ」
そして田尻がこないだのレンタル彼女に関する会話の顛末を話してだはははと笑い合う二人。
昭一郎は、厚揚げを食べ終わって空になった皿に残ったかつお節のカケラを集めて醤油につけてそれを静かにもぐ..と噛みしめるのだった。おれは純粋にデートしたいだけなのに..
だいぶ盛り上がって飲んで、途中で水を飲むだのトイレに寄るだのこみやんがちょっとBちゃんに電話しないととかやりながら三人は赤ら顔で釣り堀のある駅に電車で向かった。
時刻はもう夕暮れ近く、冷たい風が吹く中震えながら訪れてみるとすでに釣り堀屋の営業は終了していたのだった。
田尻は、んだよもういいよ疲れた!と言い残して駅へ去った。
こみやんは秋葉のメイドカフェでもいく..?と言いかけると、あっBちゃんからまた電話しろってきてるわというので昭一郎はもう今日はこれで解散にしようと言って、こみやんはじゃあまた連絡するわ..と電話しながら去っていった。
昭一郎はまだ酔いも醒めやまないまま、しばらく夕暮れ時に包まれる街にぽつねんとフェンス越しの釣り堀を眺めるでもなく佇むのだった。
<続>
次回、「こみやんの秘策!?」
おすすめYouTube
VHS POPってカテゴリーの謎music video
soundcloudで、vaperwaveの派生形だと思うんだけど、日本の80年代とかの天気予報のBGMとか地方興銀のCMとかをサンプリングして回転数落としてループさせたりしてるアカウントが結構あるのですよ。
割と好きでたまに掘ったりするんだけど、youtubeにも自分でPV作ってうpしてたりして。
んでそれにコメつけてる人もきっと何か作ってんだろうと思って一つずつアカウントをチェックしてみる。
そうするとたまに別の似たようなことやってるアカウントが見っかったりするんだけど。
んでですね、たまにyoutubeにうpするけどsoundcloudにはうpしないでbandcampでページ作ってたりする人がいるわけですよ。
カセットテープでのみリリースしてたり。
でbandcampを掘ってったら見つけたのがこの人。
タグ的には「vhs pop」ってあるからビデオテープ的なニュアンスを一つのキーにしてるのが分かる。 vaperwaveはどっちかというとWindows 95的なもんだからもっと80s寄り。
元ネタも80sで白昼夢的で、作ってる人ってもしかしたら80年代に幼少期送った人なんかな?
アンケートコ~ナ~
ご協力いただきました皆様誠にマ!
Q:釣り堀行ったことある?(回答数49)
ある 19票
ない 30票
私は市ヶ谷のに行った事あるんだけど、何か東京の事知ってるようで全然知らないなあって本郷の方のカレーが有名なパーラー行ったり上野行ったり中野行ったりしまして。一人で..で市ヶ谷のも前からあそこに釣り堀あって友達が前に行ったって言ってたな、行ってみたいなって憧れがずっとあったので思い切って行ってみたんだけど、まあ釣れるは釣れたんだけど一人でやっててもめっちゃつまんなかった。魚釣れちゃって針取るのやった事ないからびちゃびちゃ跳ねて濡れるわ手は匂いつくわで本当に来なきゃ良かったとは言わないけど「もういい!」って感じでした..
編集後記
オリンピックなんてクソじゃ!なんて言いましたけどまあなごやかに安全に色んなイベントが開催されるってのは基本的にハレって感じで結構ですよね。早くそういうのが自然に当たり前に行われる世界になってほしいと願うばかり。
同時に、緊急寄稿であれこれ言ったけど、多様性ってワードが昨今目につくけどなんかマイノリティを大事にしろ虐げるな権利をどうこうっていうギスギスした話じゃなくて、あくまで個人として何を大切にするかっていう気持ちを持つのがまず前提にあって、そして同じように他のみんなもそれぞれ大切なものがあるよねって外圧じゃなく内面から思えるのがよいんじゃないかなっていう。
いやでもなんか道徳的な説教的なことは言いたくないし、あくまで私はそう思いますよってとこにとどめたい次第です。好きなものがそれぞれなように、何が正しいかってのも人それぞれだし..
とりあえず私自身はそういう風に考えるようになったらあんまり「どいつもこいつもバカばっかのカス!全員しんで..」とか思わなくなりましたよ、と。
以上、ロロ通23でした!
では、アデュー♪
Special Thanks to
ロロ通ロゴ・イラストレーション 花山理香さん
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